大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 昭和63年(ワ)640号 判決

主文

1  被告は原告に対し、金九五二万九一一七円、及び内金八九二万九一一七円に対する昭和五九年九月二二日から、内金六〇万円に対する平成二年七月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文一、二項と同旨。

仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  保険契約

原告は昭和五九年五月三〇日被告との間で、原告が所有し自己のために運行の用に供する自家用乗用車(神戸五七の一九三四)(以下「本件自動車」という。)につき、「保険期間昭和五九年五月三〇日から同六〇年五月三〇日まで、本件自動車の所有、使用、または管理に起因して他人の生命または身体を害することにより原告が法律上の損害賠償責任を負担する場合それによつて被る原告の損害につき被告が無制限に填補する」旨の自動車損害賠償保険の契約を締結した。

2  事故の発生

原告は、昭和五九年九月二二日午前七時一五分ころ、訴外勝部綾子(現在金田綾子、以下「訴外綾子」という)を同乗させ本件自動車を運転し西宮市津門住江町一一番七号先交差点を東から西へ向かい直進通過中、同所において南方道路から北進してきた訴外金鐘善運転の普通乗用自動車との衝突を避けるべくハンドルを右へ急転把したところ、折から同交差点北西角付近を西方から東方へ向かい歩行中の訴外岩本典子(以下「訴外岩本」という)に本件自動車前部を衝突させ、よつて右訴外岩本に対し、右脛骨粉砕骨折等の傷害を負わせた。

3  右訴外岩本は本件事故により次の通り、合計金九五二万九一一七円の損害を被つた。

(1) 治療費 金一八三万四一四〇円

昭和五九年九月二二日から昭和六一年九月一日まで県立西宮病院に入院一一九日、通院三一日。

(2) 入院中雑費 金一五万四七〇〇円

但し、一日金一三〇〇円の割合による。

(3) 付添看護費 金六〇万円

但し、一日金四〇〇〇円の割合により、入院一一九日、通院三一日分。

(4) 教育費 金三一万六五〇〇円

但し、家庭教師費用である。

(5) 義肢代 金二万九三〇〇円

(6) 入・通院慰謝料 金一五〇万円

(7) 逸失利益 金六一八万四四七七円

症状固定日は昭和六一年九月一日であり、後遺症一一級の認定を受けている。一七歳以下の女子の賃金センサスを基準として、労働能力喪失二〇パーセント、新ホフマン係数二三・一二三で次の式で算出。

1,337,300円×23.123×0.2=6,184,477円

(8) 後遺症慰謝料 金二五〇万円

(9) 弁護士費用 金六〇万円

(10) 既受領額 金四一九万円

但し、自賠責保険より受領。

以上(1)ないし(9)の合計から(10)の金額を控除した額、金九五二万九一一七円。

4  よつて、原告は右訴外岩本に対し、本件事故に基づいて右金九五二万九一一七円の損害賠償の責任を負うに至つた(このうち、原告は三〇〇万一九〇四円を訴外岩本に対し支払つている。)ので、前記保険契約に基づき金九五二万九一一七円及び内金八九二万九一一七円に対する昭和五九年九月二二日から、内金六〇万円に対する平成二年七月一四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実中、保険契約の締結の事実は認めるが、その内容は争う。

2  同2の事実中、事故発生の事実は認めるが、その余は否認する。

本件自動車を運転していたのは、訴外綾子である。

3  同3の事実中、訴外岩本が自賠責保険より金四一九万円を受領したことを認め、その余は不知もしくは争う。

4  同4は争う。

三  抗弁

1  本件事故は、訴外綾子が仮運転免許を有して運転練習のため、原告を助手席に同乗させて運転指導を受けながら、普通乗用自動車を運転して本件事故現場交差点にさしかかつた折、左方交差道路から同交差点に進入して来た訴外金鐘善運転の普通乗用自動車との衝突を避けるため、ハンドルを右にきりかけた際、原告が訴外綾子が把持しているハンドルをさらに右に切つたため、同車が右前方に斜行し、折から道路左側端を対向歩行中の訴外岩本に自車を衝突させ、同人に傷害を負わせたものである。

2  自家用自動車保険運転者年齢二六歳未満不担保特約二条一項には、

「 当会社は、この特約により、二六歳未満の者が被保険自動車を運転している間に生じた事故については、保険金を支払いません。但し、次の事故については、この限りではありません。

(1) 被保険自動車が盗難にあつた時から発見されるまでの間にその被保険自動車について生じた事故

(2) 自動車修理業、駐車場業、給油業、洗車業、自動車販売業、陸送業等自動車を取扱うことを業としている者(これらの者の使用人、およびこれらの者が法人であるときはその理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関を含みます。)が業務として受託した被保険自動車を使用または管理している間にその被保険自動車について生じた普通保険約款賠償責任条項第一条(当会社のてん補責任―対人賠償)にいう対人事故および同条項第二条(当会社のてん補責任―対物賠償)にいう対物事故」

と定めている。

3  原告は訴外綾子が仮運転免許取得者であるため、本件事故前も四~五回運転の練習をさせていたところ、事故当日も、出勤前に練習させてほしいとの訴外綾子の依頼を受けて、原告は助手席に座り、訴外綾子が運転席で運転したもので、被保険者の運転者は訴外綾子である。原告が助手席からハンドルを切つたのはほんの一瞬間にすぎない。そして、同女は当時二〇歳であつた。

4  右特約の判断にあたつては、運転者の年齢が何歳であつたかにより画一的になされるべきであつて、運転時の具体的危険性の大小によつて判断されるものではない。また、右のような事情であつたとしても、二六歳以上の者が運転したとは言えないのである。

よつて、右特約により、原告は被告に対し、保険金の支払を求めることはできないのである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、訴外綾子が仮運転免許を有して運転練習のため原告を助手席に乗せていたこと、及び事故現場での訴外綾子と原告との対応を認め、その余は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、原告が助手席に座り、訴外綾子が運転席でいたこと、訴外綾子が当時二〇歳であつたことを認め、その余は争う。

4  同4は争う。

五  原告の主張

1  事故当日、西宮警察署社前派出所前で運転を交替し、原告が助手席に訴外綾子が運転席に座つて、毎時約三五キロメートルの速さで約四~六分(約七〇〇メートル)で本件事故現場に差しかかつたのであるが、右交替後、訴外綾子は本件自動車のクラツチ、アクセル、ブレーキの各ペダル及びハンドルを操作していたが、原告は、身体をやや運転席方向半身となりハンドルに絶えずその右手をかけ自らもハンドルを操作しつつ、また声によつて走行・操作の指示をしていた。右は走行車線上の駐車々両との接触回避、その他危険を回避すべく原告がハンドル操作を補助ないし自ら操作するためであつた。そして、原告のハンドル操作の際には、訴外綾子のハンドル操作による抵抗感はなく、原告のハンドル操作が優越していた。

右の事実からすると、交替後分本件自動車の走行は訴外綾子と原告が共同で行つていたもので、運転者は両名というべきである。また、少なくとも原告は運転行為から離脱していないというべきである。

2  本件事故発生状況は次のとおりであり、訴外綾子の意思に従つた回避行為がなされておれば本件事故は発生しなかつたもので、本件事故発生の原因はむしろ、原告の運転にあるのである。

(1) 前記の状態でもつぱら歩道側を時速約三五キロメートルで走行していたところ、別紙図面〈1〉地点において原告は駐車中の〈A〉〈B〉両車両を認め、もつてまず訴外綾子に対し右に切るように指示するとともに、自らもハンドル操作により右〈A〉車両との接触を回避すべく右にハンドルを切り、回避を了した後同図面〈2〉地点にさしかかつた。

原告は、〈A〉車両との接触を回避して道路中央部分を走るべく精神を集中していた上身体も前方やや右半身の状態であつたため、本件被害者及び訴外金運転の車両の存在には気付いていなかつた。

(2) しかしながら、訴外綾子は右〈2〉地点付近においては既に本件被害者及び金運転車両の存在に気付いていた。訴外綾子は、金運転車両が一旦停止するものと判断し、右車両との衝突を回避するためまずハンドルを緩やかに右に回転し、その後本件被害者との衝突を回避するためハンドルを元に戻し本件事故交差点を通過しようと考え、そのようにハンドルの操作を開始した。

(3) 他方、原告は、同図面〈3〉地点に至りはじめて右金運転の車両の存在を認識した。ところで、原告は、当初、金運転車両が停止していると判断したが同車両が右に反し再び進行を開始したと認識したため咄嗟にハンドルを右へ大きく切るべくハンドルを操作した。その結果、原告の体は訴外綾子の側即ち右側へ大きく傾き訴外綾子の運転を妨害する所となり、他方、訴外綾子は原告からその身体を預けられたため自らはハンドル及びブレーキペダル操作が不能となり、もつて、原告及び訴外綾子両名ともハンドルを元へ戻すことが出来ないまま本件被害者に衝突したものである。

(4) 以上の事実を総合すると、金運転車両との衝突回避運転行為(直前の運転行為並びに回避後の運転行為を含む)の方法についての意思は原告と訴外綾子との間では大きく異なつており、結局原告の意思に従つて本件車両は大きく右へ寄り、もつて、本件被害者の訴外岩本との衝突事故が発生したものである。なお、訴外金運転車両は本件交差点中央より南側にあり、従つて、訴外綾子の意思に従つた回避行為がなされていたならば本件事故は発生しなかつたものである。

とするならば、本件事故惹起の運転行為は正に原告の意思によつてのみ支配されていたといいうるものである。

3  本件保険約款は次のように解釈されるべきである。

(1) そもそも自動車保険契約を含む保険制度の目的は、事故発生による保険契約者の損害賠償義務の負担を軽減することにあるのは勿論であるが、さらに、現代の自動車社会における不可避な自動車事故により被る被害者の救済をも目的とするものであり(強制保険は正にかような趣旨、目的を有する)、たとえ任意の加入保険契約とは言え、もはや被害者救済という社会の公器たる性格を有するに至つていると言うべきである。そうだとすると、保険約款の解釈においては、まず、「疑わしきは保険契約者の利益に」の原則ひいては「疑わしきは被害者の利益に」の原則の下に解釈されるべきである。

よつて、いたずらに、保険約款の文言を形式的画一的に解釈することは保険契約の画一的迅速処理に利する余り、結局保険制度の真の目的を失うことになるのである。

(2) かような観点から本件不担保特約を検討するに、単に運転席に座していた者が右二六歳未満か否かによつてのみ適用の可否を判断するのではなく、右事故当時及びその前後の運転行為が実質的に誰の支配の下に行われていたのかを総合的に判断して決すべきである。

してみると、本件では、主観的にも客観的にも正に原告が運転を支配していたというべきであり、本件事故においては被告主張の「二六歳未満不担保特約」の適用はない。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実中、原告と被告との間で昭和五九年五月三〇日本件自動車について原告主張の自動車損害賠償保険契約が締結されたことは当事者間に争いがない。また、同2の事実中、本件交通事故発生の事実、訴外岩本に主張の傷害を負わせた事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、事故発生時の本件自動車の運転者は誰であつたかについて検討する。

訴外綾子が仮運転免許取得者であつたこと、事故当日、西宮警察署社前派出所前で、訴外綾子の練習のため、原告と訴外綾子が運転を交替し、原告が助手席に訴外綾子が運転席に座つて、毎時約三五キロメートルの速さで約四~六分で本件事故現場に差しかかつたことは当事者間に争いがなく、訴外綾子が本件自動車のクラツチ、アクセル、ブレーキの各ペダル及びハンドルを操作していたこともまた当事者間に争いのない事実である。

しかし、成立に争いのない甲第二六号証、同号証によつて成立を認めうる甲第二七号証、証人金田綾子の証言及び原告本人尋問の結果によれは、右の間、原告は助手席に座つていても、身体をやや運転席方向に半身となつてハンドルの八時の位置に絶えず右手をかけて自らもハンドルを操作しつつ、また声によつても走行・操作を指示していたこと、何もないときは訴外綾子にハンドル操作を任せていたが、駐車々両との接触回避等危険回避時には原告がハンドル操作を補助し、右原告のハンドル操作の際には訴外綾子のハンドル操作による抵抗感はなく、むしろ、原告がハンドルの実権を握つていたことがそれぞれ認められる。

そして、本件事故発生状況については、前記甲第二六号証、原本の存在・成立に争いのない甲第五、第六号証、証人金田綾子の証言、及び原告本人尋問の結果によれば、原告の主張2(1)ないし(3)の事実を認めることができ、原本の存在・成立に争いがない甲第一ないし第一七号証によれば、原告も本件交通事故について業務上過失傷害罪として処罰を受けたことが認められる。

以上の事実によれば、訴外綾子と原告は共同で本件自動車を運転していたと認めるのが相当で、本件交通事故惹起の運転行為はむしろ、原告の意思によるものであつたと認められる。

三  抗弁2の事実及び訴外綾子が本件事故当時二〇歳であつたことは当事者間に争いがないけれども、前記のとおり、当裁判所は原告も本件自動車の運転者であつたと認めるのが相当と考えるので、本件では二六歳未満不担保特約の適用はないものと解される。

四  請求原因3の事実は、成立について争いのない甲第二八号証のとおりで、当裁判所に顕著である。

従つて、原告は訴外岩本に対して金九五二万九一一七円の損害賠償の責任を負うものと考えられる(なお、このうち、原告が三〇〇万一九〇四円を訴外岩本に支払つた事実も当裁判所に顕著である。)。

五  よつて、原告の本件請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 北谷健一)

別紙 〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例